第5回 レコーディングエンジニア
万波 幸治(Kouji Mannami)氏
大阪北区に所在する三和レコーディングスタジオに勤務し31年のキャリアを持つレコーディングエンジニア 万波さんに今回お話を聞きます。
日々ベテランエンジニアがモニタースピーカーに対し、どう向かい合っているのか。
―今回は長いキャリアを持つ万波さんにお話を聴けて光栄です。(笑)
レコーディングエンジニアのキャリアはこのスタジオから始まったんですね。
万波氏)そうですね。専門学校を卒業して、ここに勤務して今に至ります。
主に音楽録音がメインで当時私が入社したころ、ミキシングコンソールはSolid State Logic 4000E。
アナログマルチトラックレコーダー STUDER A800でしたね。
その後、SONY PCM-3348(デジタルマルチチャンネルレコーダー)を導入したころに同社SSL 4000Gとなりチャンネル数も増えました。
―入社当時のモニタースピーカーはどんなものでしたか?
万波氏)YAMAHA NS-10M Studioですね。今でも10Mはよく使います。
フリーのエンジニアさんは行くスタジオで自分のモニターを持ちこみたいという方が多いのですが、僕はハウスエンジニアであまり外に出ることがないので、10Mでクオリティーを保持しながらずっと使っています。
アンプは、Amcron StudioReference2を使っています。
今はもうディスコンで販売していないモデルですが。
―確かに、多くのプロユースのスタジオでもいまだに10Mが活躍している状態ですね。
次世代のニアフィールドモニターにKS Digital C5-Referenceを採用するまでどんな経緯がありましたか?
例えば10M以外に何かといいますと。
万波氏)10M以外でいうと、Geenerec1030や1031などは自分で使うこともあったり、外部のミキサーさんたちに対して用意したりしていました。
でもその2つももう今っぽくはないですよね。お仕事上、慣れているから皆さん使うというか。
―ただ、今でも1031Aなどはやっぱりユーザーは多くいますよね。
万波氏)1031Aは10Mと並ぶくらいどこのスタジオにいってもあるから、それらがあると安心というか、失敗しないというので存在しますが、私自身は普段あまり使わなくて。
私は自社スタジオのラージモニタースピーカーを信用しているという部分もあってミックスでもラージで半分以上使っているので、そういう意味でいうと、ラージスピーカーと10Mという状態がずっと続いていました。
―素晴らしいですね。最近はラージスピーカーも昔ほど出番がないスタジオの話も聞くなかで、やはりそれは理想的な環境だと思います。
万波氏)そうですね。あとは、弊社の小さい部屋(別スタジオ)には去年GENELECの同軸8331を導入しました。
その部屋ではどうしても定在波が多いので、結局どんないいスピーカーをもってきても同じ状況に陥ります。そこを改善する為にGENELECのキャリブレーションシステムGLMで補正しました。
8331をこの部屋はおいて聴くこともあるのですが、これでなくてもいいかなと。広くてちゃんとした設計された部屋の場合はDSPが必ずでもないですね。
なので現状では10Mで問題なく使えています。30年来お付き合いのあるディレクターさんやアーティストさんはやはり10Mの耳ですので今でも10Mが安心な方もおられますしね。
ただ時代と共に変化してきているのも確かです。一般の方はイヤホンでのリスニングが多いと思うので、私も最終的にはイヤホン、ヘットフォンで確認しますね。
最近ではミックス段階で音源をアップロードサイトで共有してミュージシャンの皆さんが個々に慣れた環境で確認される事も多くなって来ました。
アップロードサイトは音質的に??との意見もありますが、スマホを持っていれば誰でも簡単ですしね。もちろんセキュリティー的な問題でこの方法は使わない事もあります。
―そんな状況もありつつ、今回のKS Digital C5-Referenceの導入に至り、どんな可能性を感じたのでしょう?採点するとしたら。
万波氏)自分にとっては、ほぼ10点満点に近いです。ただ、ローを頑張って出しすぎているのかなと感じる部分はあるので、そのあたりC8-Refereceにも興味がありましたが。
ただ、ツーウェイでここまでレンジ感があって、同軸なので定位感も素晴らしく、値段も良いなとは思います。いいポイントは結構多いでしたね。
―これに変わることによってアプローチが変わることはあるのですか?
万波氏)良い点で言うと同軸で2WAYなので、音量下げたときのバランスが変わりにくい。ミックス作業の中盤ではわざわざラジカセで聞いたりしなくていいのかなと思いました。
10Mとかパッシブは、音量を下げるとバランスが変わってしまって。この音量感だからこのバランスでOKみたいなものが私は身についているので大丈夫ですが、その感覚が無い若いミキサーさんとかはには10Mのどこがいいのかな?と思う方も多いかもしれませんね。
この音量流した時にこのバランス!という要素ではパッシブは難しいですからね。Dimかけたときにバランスが違うんですよね。C5は小さい音でもバランスが崩れない。それが素晴らしいです。
―今までの経験の中で同軸について親しみはありましたか?
万波氏)同軸は昔だとTANNOYですよね。印象は良かったんですが、当時は必死で10Mにしがみついていましたからね。(笑)
比較的最近ではECLIPSEもありますよね。同軸やフルレンジの良さは昔から分かってはいましたが、どうしてもそれだけでは難しかったです。
―よくも悪くもDSPを積んでいるので、うまく補正されているんじゃないかと思っています。
万波氏)KSは音質的にパッシブに近い部分もありますね。10Mでミックスを入れるときにパッと変えて、違和感なかったので。
―サイズって結構大事ですよね。特にC5は、持ちまわるのにちょうどいいという意見も多いですがいかがですか。
万波氏)卓のメータートップに置くイメージもこのメーカーは考えていますよね。あとスタンドが結構いいですよね。
外すとどうなるだろう?と思うのですが、底目を密着して置いてないからいいんでしょうね。
―最初僕もデモする時に外していたんですが、あるエンジニアさんに着けた方がいいよという意見があって。
万波氏)恐らくべたっと置くことによる影響を回避しているんですね。
-KSによらず、ニアフィールドのモニタースピーカーに求めることはなんですか?
―ここだとラージスピーカーがあるからそれが補えるという事でしょうか。
万波氏)そうですね。でも、もう一つの別スタジオはラージスピーカーがないのでGENELECがローを出してくれて、みたいな感じですよね。
バランスのいいローがあるのであればそれは邪魔にはならないので。
―このKS(8も5も)低域がすごくよく聴こえるといわれるのですが、そのあたりはいかがですか?調整したいと思いましたか?
万波氏)調整した結果にもよりますね。
―結構これも細かくパラメーターで調整できるのですが、結果やらない方がいいという意見もありました。
万波氏)そんな気もします。部屋の環境を補正するノリで安易に触るといけないような気がして。GENELECの同軸はこれだったらいいか、と納得して使っていました。
KSはデフォルトでいいかなと思いました。
―万波さんの知人のエンジニアさんにも聴いていただいたとお聞きしましたが、その方はどのような感想でしたか?
万波氏)ロー出ますね、ということと結構ミックスで使いましたと言われていました。
また別のミキサーさんはここまで音が見えるスピーカーなのに価格がお手頃ですね、とも。
FocalやBAREFOOTは、ニアフィールド兼ラージみたいな感じですよね。これだけしっかりローが出る。でも結局低域は部屋で暴れるので、本当に考え方ですね。
―C5は今のところ補欠として控えてますね。
このスタジオでファーストチョイスとしてC5に出番があるかというのはまだ未知な部分ですか?
万波氏)そうですね。いざYAMAHA NS-10M がどうしようもなくなったときに十分あるとは思うのですが。
―このKSはジャンルを問わず多くのエンジニアが支持してくれているので、可能性は感じるんですけどね。
万波氏)ポンとのる感じとしてはいいですよね。
―繰り返しますがラージをちゃんと使えるスタジオというのも少なくなってきましたよね。
万波氏)今は、制作のみなさんも自宅でのヘットフォン作業の割合も多いですからね。そうなってくると昔の様にスタジオのスピーカーだけで「OK!」と出せるディレクターさんも多くは無いですよね。
私がラージスピーカーだけで作業してると不安になるクライアントさんも居られたり。(笑)
―僕の知っているディレクターさんもスタジオに行っても、ヘッドホンでしかモニターしないとおっしゃっていました。
万波氏)だまされるという事ですね。ラージスピーカーや流行のアクティブなどを使うと基本良く聴こえますもんね。(笑)
―他の現行品のパワードスピーカーでちょっと可能性を感じるものはありましたか?
万波氏)そんなに、思い当たらないですね。と言うか僕の勉強不足なのでしょうが。でも本来はなるべく複数のモニ
ター環境で聴くべきだという考えはあります。
―他にスピーカー以外にも進化を遂げているなというものはありますか?
万波氏)最近はプロツールスも着実に進化していますよね。
だから、ミックスもプロツールスでやることにほぼ100%なってしまったので。
収録は卓がないと難しいですが。
この後、ヘットフォンで聴いたり、家で聴いて。メーカーの方々は制作会議で色んな意見が上がって、戻ってきてみたいなのが繰り返しあります。
だからもうそれは時代ですよね。リコールが出来ないなんて考えられない。
全てそうですよね、写真についても印刷物についても。
―もうアナログの時代に戻れないですね。でもアナログの良さも残していきたいですね。
生の現場のお話を聞けて有意義な時間でした。忙しい中本当にありがとうございました。
第6回目は
レコーディングスタジオ
スタジオ グリーンバード
マネージャー
広田 哲也(ヒロタ テツヤ)氏
数多くのヒットを生み出す歴史あるスタジオ。
著名なアーティスト、エンジニアから支持されている
スタジオマネージャーの立場から見たモニタースピーカーの現状を語っていただきます。
<プロフィール>
万波幸治(マンナミ コウジ)氏
https://www.sanwa-group.com/service/recording/index.html
三和レコーディングスタジオ・チーフエンジニア
1966年生まれ
大阪写真専門学校(現ビジュアルアーツ大阪)音響芸術科卒業後、三和レコーディングスタジオに入社。
以降、大阪の音楽シーンを中心に幅広いジャンルにて活躍中。