第18回 作編曲・ピアニスト・マニピュレーター・
サウンドデザイン・サウンドプロデューサー
佐々木博史 (Hirofumi Sasaki) 氏
―この度は取材をお受け頂きありがとうございます。
―佐々木さんとっていつごろから音楽は身近な存在だったのですか?
佐々木氏)4 歳頃からヤマハの音楽教室でピアノを習い始めたのですが、本当に練習をしない子でした。当時、音楽が好きか嫌いかといったことを意識はしていなかったと思うのですが、僕の小学生の頃といえば急激に家庭用ゲーム機が普及し始めた時期でした。ゲームのテーマ曲なんかを学校のピアノで弾いたりすると友達がすごく喜ぶ、といったことがその原体験としてあったんだと思います。
そうこうしているうちに今度は自宅に有ったNEC PC-8001 で音階付きBeep 音が鳴らせる=作曲できると
いうことに気づき、そして中学に入学するとパソコン室にPC-8801 シリーズがあり…
その部屋に行っては、FM 音源で曲を作り、友人に聴かせ、今でいうDTM の走りのような事をし始めました。
―なるほど。それがきっかけで現在のお仕事までつながっているのですね。実際業界に入ったきっかけは?
佐々木氏)大学卒業後にコナミ株式会社に入社し、サウンドデザイン室に配属されました。
―すごい、いきなり大手のゲームメーカーですね。佐々木さんの実績として代表作はなんですか?
佐々木氏)「ギターフリークス」、「ドラムマニア」シリーズなどでしょうか。アミューズメント施設にあるギターを弾いたりドラムを叩いたりして遊ぶ、いわゆる“音ゲー”というものですが、それらに収録されている音源をオリジナル曲を含めて制作していました。
私が配属されたサウンドデザイン室は、実力も折り紙つきの、不思議な経歴の先輩方が揃っていました。新卒で何の経験もない自分がとんでもないところに来てしまったと思いましたが、入社と同時に数百万円分の機材をポンと用意されてもう逃げられない。他の部署からは先輩社員が「新人にこんなに買ってやって大丈夫なのか」とからかいに来たりする(笑)。
はじめは大変でしたが、そこでDAWの基礎を叩き込んでもらったと思います。
―ゲーム音楽は特別なカテゴリーに思えますが如何ですか。
佐々木氏)そうですね。ただ、私がコナミで仕事をしていた当時は、ちょうど音楽業界とゲーム業界の垣根がなくなり始めた時期だったようにも思います。ギターフリークスやドラムマニアにも、スタッフの作ったいわゆる”ゲームとして楽しい曲”ももちろん入っていましたが、当時流行のJ-POP や、そういったオリジナル曲などもどんどん収録されるようになっていました。
社内スタジオにもProTools が完備され、打ち込みで作った楽曲にギター・ベース、また管楽器の収録を行い、当時勤務していた神⼾よりアオイスタジオや⼀⼝坂といった都内スタジオへ出張しヴォーカルの収録をする…
そういう観点から見てもゲーム音楽という”特別な”ジャンルが⼀般的な音楽制作スタイルに過渡していった時期に業界に入ったのだと思います。
―その後フリーランスの道を選択されるわけですが、なかなか大変ではなかったですか?
佐々木氏)今年でフリーランスになって21 年になります。当初は当然仕事もなく、きっかけも掴めずにいました。
なにか準備をしてから会社を辞めたというわけではなかったので。知人の紹介からツアーミュージシャンのトラをやらせて頂いたり、カラオケデータの制作などもやっていました。
―通信のMIDI カラオケ全盛の時代ですね。作業は大変だったと思います。
佐々木氏)とにかく無心にやっていました。⼀人で3〜4 社から仕事を受けて、2 日で2〜3 曲ぐらいずつ仕上げてみたいなペースで。スタッフを数名抱えた会社並みでしたね。
―その後、お仕事に変化というかステップアップがありましたか?
佐々木氏)そんな仕事をしつつ、当時はバンド活動もやっていたのですが、あるときバンド活動を辞めてプロダクションに就職した友人から連絡があって、彼が担当しているアーティストのコンサートで流すBGM について相談を受けたんです。そのアーティストというのが「嵐」でした。音楽演出に関してなかなか納得を得られずにいるので助けてくれないかと言われまして、すぐにOK しました。
しかし、引き受けてからが大変で。もうおぼろげな記憶ですけど、ざっくりとした絵コンテ映像に合わせて音楽を当てていくのですが、私はそれまで嵐のコンサートに行ったことも楽曲を聴き込んだこともなかったですし、映像に関わる音楽制作の経験も決して多くなかったので。それでもtake 1、take 2 と重ねていくうちに「結構良いんじゃない?」と言ってもらえるようになって、最終的に採用となりました。
―思いも寄らぬところに突然チャンスが巡ってくるものですね。
佐々木氏)ゲーム制作での経験が活きた面もありますが、運が良かったと思います。
この業界は、目指している人はたくさんいると思うのですが、何となく存在している輪というか渦のようなものがあって、そこに入っていくのはとても難しいと思うんです。実際には、その渦の中では目まぐるしく仕事が回っていて、いつも人手が足りないのですが。今でこそYouTube があったりするので全く様変わりしたとも思いますが、当時はどうやって仕事の幅を広げていけば良いのか全然わからずにいたので、きっかけを得られたのは本当に大きかったと思います。
―そんな話が来ること、そこで成功するのもすごいですね。実力が試されましたね。その後は。
佐々木氏)それ以降は渦に巻き込まれながら少しずつ進んできた感じです。⼀つ案件をこなすと次にまた「こいつならこんな仕事もできるんじゃないか」という流れで仕事が回ってくるという。2 件目の仕事は、2008 年の北京オリンピックのときに嵐の「風の向こうへ」という楽曲が⺠放キー局のテーマソングになって、オリジナルはアップテンポな曲なんですが、それをスポーツ選手のドキュメンタリー番組用にじんわりとした雰囲気にアレンジしてほしいというリクエストをいただきました。それでやってみたら、今度は「佐々木は編曲もできるのでは」と認めてもらえて。
人生どこで何があるか本当にわからないです。
―なるほど。ステージ上がっていきますね。
―ご自宅の制作スタジオのシステムについてお伺いします。
佐々木さんがKS-Digital のモニタースピーカーを知るきっかけとなったのはC5-Reference ユーザーの佐々木章さんだったとお聞きしました。
佐々木氏)はい、佐々木章さんと初めてお目にかかったのは2014 年頃だったと思いますが、PIXAR IN
CONCERT の日本公演でご⼀緒したのがきっかけでした。それ以来、仲良くしてくださっていて、ドラマーとしてレコーディングに参加していただいたりもしています。時々連絡を取り合うのですが、2019 年の夏頃に「すごいスピーカーを手に入れたよ!」と教えてもらいました。
―はい、そうですね。KS Digital C5-Reference のユーザーは佐々木章さんが第⼀号ですね。⼀聴してすごく気に入ってくれて。佐々木章さんのスタジオでお聴きになられての第⼀印象は如何でしたか?
佐々木氏)まず、「気持ち良い!」の⼀言でした。中域の密度がとても高い印象を受けました。大袈裟でなく、手を伸ばせばそこに楽器があって鳴っているような感じでしたね。ターンテーブルからの出力で聴くと、かつてのサンスイなどのセパレートステレオのようなリッチな鳴り方をしますし、Spotify などで最新のトラックを聴いても高域成分がしっかりと存在している。「空間」のある鳴りの良さにとても驚きましたし、優秀なスピーカーだと思いました。
いわゆる“モニター然”とした音とはまた少し違うのですが、定位が抜群に良いですし、なかでもとくに中域の解像度が高い。中低域は音の距離感に関係するので、そこがきめ細かく鳴ってくれると音が立体的に立ち上がってきて空間を感じやすくなるんですよね。さらにC5 の優れているところは、音量を下げてもそのバランスがほとんど崩れないんです。
音楽制作のためのスピーカーは⼀般的に、耳心地の良さを追求しているようなものよりも、フラットに鳴るものが重視される傾向にあって、そういうスピーカーを指して「モニター的だよね」なんて言ったりするのですが、このC5 であれば“気持ち良いうえに、音楽制作にも十分通用する”と思います。
―ご自宅にC5 を導入頂きました。その上で更に何か気づいた点はありますか。例えば低域のボリューム感が足りない等は感じられましたか。
佐々木氏)ダンスミュージックなどのサブべースの音域は、C5 のサイズ的な限界があるので、あまり鳴っていないと思います。
サブベースの音域は、耳で聴くというよりは「体感」として聴く部分が大きいでしょうから、どうしてももう少し大きなサイズのユニットが必要になります。ただ、それよりも少し上の、人間の耳が低域と認識するあたりから上の音は、私の経験上ではC5 が⼀番です。
―サブウーファーB88 の試聴も受けていただきましたが、C5 とB88 サブウーファーの組み合わせについて何か印象はありましたか。
佐々木氏)まったく何の違和感もなく、驚くほど自然でした。前述のC5 の届いていない音域を自然に拡げてくれます。定位の良さもぶれることはありません。私はピアノ弾きなのでピアノの音でたとえますが、ピアノの打鍵時の音の主成分以外、ゴグっという「鍵盤が下がりハンマーが打弦した際のピアノ本体の共鳴」がごく自然にプラスされるイメージです。C5 とB88 は組み合わせとしては⼀つの理想的な答えだと思いますね。
―その後の検討の結果、佐々木さんにはサブウーファーB88 ではなくC88 を追加でご自宅スタジオに導入して頂きました。ありがとうございました。
佐々木さんが最初にC88 を試聴した際の第⼀印象はいかがでしたか。またC5 とC88 の決定的な違い、各々の短所、⻑所など感じる所があれば教えて下さい。
佐々木氏)C88 は、当然ではありますがC5 と同系統の音色です。ですがC5 単独やC5 にサブウーファーB88 を組み合わせたときよりも低域の鳴りが明らかに強く感じられます。C5 でEDM を聴くと箱庭的な鳴り方というか、楽曲を俯瞰したような聴こえ方になるのですが、C88 だとちゃんとEDM になります。どちらが良いかとなると、好みもあると思いますので難しいところです。
C5 は、6 インチユニットということもあって高域の反応が速いですし、ニアフィールドモニターとして完成されているように思います。さほど広くないプライベートスタジオでもスピーカーそのものを鳴らし切るような快感が得られるので、制作の仕事をする私にとってはそれは大きな利点になります。
C88 は、C5 よりも高域がやや甘くなっていますが、それと引き換えに低域の伸びを手に入れているスピーカーだと思います。個人的にはこの低域を聴き続けていると少し疲れることもありますので、制作用途によって使い分けるようにしています。
―ちなみに、こちらの小型モニタースピーカーのエクリプスもよく使うのですか?
佐々木氏)はい、使います。分離の良いスピーカーでずっと作業し続けていると、無意識のうちにヴォーカルのレベルが随分下がっていたりということが起こるので、TD-M1 でバランスを確認するということはやっています。意外とこれも鳴りの雰囲気が近いんですよね。「ちょっと高級なラジカセ」と言ったら怒られてしまうかもしれませんが(笑)
―エクリプスはすごくごだわっていますからね。この組み合わせはなかなかいいセットですよね。
今回最終的にC5・C88 併用システムを採用した、その決断の理由をお聞かせください。
佐々木氏)実は結構シンプルな理由で、仕事での運用面からC5+C88 を選択しました。先ほどお話ししたようにC5+B88 の組み合わせも素晴らしいのですが、私の場合は仕事柄、制作環境の維持が欠かせません。何かトラブルが合ったとき、C5+B88 だとなかなか厄介なことになってしまう可能性があります。その点C5+C88 だと、どちらかがメンテナンスに行ってしまったとしても、⼀応は問題なく制作を継続できますので。
もちろんそれだけでなく、初めてC5 とC88 を聴き比べたときにC88 の低域の良さに感動したのも理由の⼀つです。商用スタジオで制作するときも10M などのニアフィールドモニターでミキシングしつつ、ラージスピーカーで確認するということをしますが、その2 つの音質には大きな差があります。C5+C88 だとその違和感がまったくないので、この心地良さも気に入っています。
―そういう流れでKS が選ばれて、メインで使われているととても嬉しいです。
今後佐々木さんが音楽を制作していく上でこのシステムに期待することは何でしょう。
佐々木氏)私としては、KS のセットを導入させていただいたことで、すでに日々の心地良さを提供してもらっていると感じています。音楽作りを仕事にしている者として、シンプルに聴いていて気持ちが良いということ、ストレスなく音と向き合えるということは何より大切なことだと思います。好みの音と出会わせていただいたので、作れる音の幅もより広がっていくと良いなと思っています。
この度は非常に貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。
<プロフィール>
佐々木博史(ささきひろふみ)
作編曲・ピアニスト・マニピュレーター・サウンドデザイン・サウンドプロデューサー
1976 年⻑野県生まれ
2000 年にコナミ株式会社に入社しBEMANI シリーズの楽曲制作等に携わる。2002 年よりフリーの作編曲家として独立。
嵐、Hey!Say!JUMP、乃木坂46、徳永ゆうき、由薫といったアーティストの楽曲の編曲などを手掛ける。
代表曲: 嵐 / Monster (吉岡たくと共編曲) 乃木坂46 / I See…(編曲) など。