第1回 レコーディングエンジニア
辻中 聡佑(Sousuke Tsujinaka) 氏
第1回
レコーディングエンジニア
辻中聡佑(ツジナカ ソウスケ)氏
前モデルC8-Coaxシリーズからのユーザーでもあり、現行C8-Referenceをご使用の辻中氏にお話を聞いてみました。
辻中氏)確かではないですが2009年前後のInter BEE(国際放送機器展)にて当時個人使用のためにスピーカーが欲しくて、各ブースに展示されていたスピーカーを聴いて回っていたんです。
試聴環境もよくないので(日本最大級の展示会場で大勢の観客の中)、パッとしないなと思って各社回っていたんですがMI7さん(前KS Digital代理店)に展示してあったC5-Coaxを聴いた瞬間に
「これだ!」と思いました。
こんな環境の悪い所でパッと聴いて「あ、欲しい!」と思いました。
衝撃的なサウンドでした。価格も衝撃的で「やばい、買えないな」と思って(笑)当時エンジニアをやり始めたころだったんで、高い機材は買えなかったんです。
でもそこからずっと欲しくて、代理店からデモ機を借りてスタジオで聴いたりしながら、
いい印象は変わらず、やっぱり欲しいと思っていました。
その時にC8-Coaxを初めて聴きました。
その時ドラムをよく録っていたので現場で鳴らしてみたらC8の低域の出方が心地よく、とても音が作りやすかったんです。
MIT STUDIO 1st(当時勤めていた)のコントロールルームは結構広いので、後ろのソファ席まで鳴らすとしたら大きい方(C8-Coax)かなと思って。
価格的にはハードルが上がったんですが、一生懸命お金をためてC8-Coaxを購入しました。
初めてInter BEEで最初に聞いてから3年位たってました。
―その前はどんなモニタースピーカーを使っていましたか。
辻中氏)その前はMITSTUDIOの常設機材、YAMAHA NS-10M Studio(以下10M)ですね。
先輩方は皆、10Mで仕事していたので、慣れるために使っていました。
今になってわかるんですが10Mは経験をしっかり積んで、どういう音が鳴っているのか想像できている人が使うとすごく使いやすいスピーカーだなと思うんです。
当時僕はペーペーだったので、下(低域)が出てる出てないとか、鳴ってる鳴ってないとかそういうのがわからないまま10Mを使っていたので、自分でこれは失敗だったなというのが結構いっぱいあって(苦笑)。
マイク当たってないとか、距離感捉えられてないとか、後で落ち着いて聴いてみたら位相がぐちゃぐちゃだったりとかそういうことがあって、上手に録音するのむずかしいな、先輩たちすごいなとか思っていたんですけど。(笑)
スタジオにGenelec 1031もあったのでそれを聴いてみたりしたんですが、勘が悪いのか同じ悩みでぐるぐるしていました。そんなところで悩んでいた時、同軸のスピーカーを持ち込んだエンジニアさんがいて。
確かTANNOYだったと思います。音がすごく好みでもしや自分は同軸が好きなのかもしれないとの思いもあり、C5-CoaxをInter BEEで聴いてみようと思ったのかもしれません。
―KS以外にいいなと思うものはあるんですか?注目しているというか参考にしてもいいというか。
辻中氏)ADAMの3wayの大きいスピーカー(編注 ADAM Professional Audio S3X-V)をおいてるスタジオがあって、そこに行くときはスピーカーを持っていかないです。
アシスタント時代に持ち込まれたときも、レンジが広くて素直な音をしていたので、好印象でした。
―それは距離を保って聴くようなものなんですか?
辻中氏)割と小さいコントロールルームなので、近距離で聴いていました。モニターする音量にかかわらず、とてもモニターしやすいスタジオでした。
―辻中さんにとってADAMは何がいいと思いますか?
辻中氏)間違いにすぐ気付けるところです。間違いに気がつけるというのは結構大切で。マイクが当たってないとすぐわかる、マイクと音源に対する距離感まで再現してくれるスピーカーが好きなんだと思います。
―それはC8-Refereceにも感じることですか?
辻中氏)感じます。音源との距離感までしっかり再現してくれます。
―前のモデル(Coaxシリーズ)と比べてどうですか?
辻中氏)それはすごくよくなりました。Coaxシリーズとは低域の感じがすごく変わって、僕にとっては分かりやすくなりました。
―現モデルのReferenceシリーズはCoaxシリーズのレンジ感と違いは感じますか。
辻中氏)(レンジは)広いですね。
―私もCoaxシリーズと比べて大分印象の違いを感じますね。
辻中氏)違うスピーカーかなっていうくらい違うと思うんですけど。
―その辺のネガティブなギャップは無いんですか?
辻中氏)そこはあまり感じなかったです。こういう音になっていってくれたら嬉しいな、という音に変わったので。なので購入しました。
―こういう音に変わって欲しかったというのはどんな音なんですか?
辻中氏)前のスピーカー(Coaxシリーズ)も今のスピーカー(Referenceシリーズ)もそうなんですけど、奥行きがきちんと見えて、ミッドレンジの解像度がすごく高くて、定位もすごく良いんですよね。
例えば、10MでMIXをしているとギターのパンを振ったときに、動いているのはわかるんですけど、どこに定位してるかみたいなことは、割と曖昧なんです。
ですけどKS Digitalだと10とか20ずつとかでも聴き分けられるので、それはすごいなと思って使ってます。
―そこが新しいReferenceシリーズになって更に良くなった?
辻中氏)そうですね。キャンバスに例えるのが好きなんですが、新しいモデルに変わって一回り広くなったなというイメージです。低域のEQをしていてもすごくわかりやすくなりました。
低域が出ていないスピーカーでMIXする時は予想しながらEQするしかなかったんですけど、どういうEQしているかが聴き取りやすくなったので、低域の処理もうまくいくようになりました。
―スピーカーによって出音が全然違うのですが。各メーカー毎にレンジも違うし。
他のモニタースピーカーを使って録った素材をKS Digitalで聴くとそのように再生していないから、自分が思ったように音像ではないですし、そこでちょっとC5やC8を敬遠するという人も中にはいるのかな?と思ったりもするんですけど。
辻中氏)それはおおいにあり得ると思います。マスタリングスタジオにいって、自分のMIXを聴くと、低域の印象が違うという事が多いので、もっと良いモニター環境で作らないといけないなと思っています。
―今求められる音が変わりつつある。モニタースピーカー自体も、これからの音楽も多様化して。
辻中氏)最後まで作り込まなければいけない仕事が増えてきましたね。
今までだったら、MIXした後マスタリングエンジニアさんが最後の調整をしてくれていたんですけど、最近はCDにならない仕事も多くなって。
動画になって配信されたり、ゲームに実装されたりという仕事の時、音作りの部分では僕が最後なので。
納品したあとどうなるのか、そこが曖昧なまま渡してしまうとそのまま販売メディアに反映されるという状況です。
スマホゲームの場合、スマホのスピーカーは全然低域が出ないので切り気味でいいかなと思うんですけど、話しを聞くと、皆イヤホンやヘッドホンをしながら遊ぶので、しっかり低域まで再生できるんです。
という風に考えると、しっかりマスタリングクオリティで低域が見えるスピーカーで作っていかないと、うまくいかないというか。
―C8-Referenceは低域が見えているから一聴した時、出すぎじゃないかと判断させがちな部分もありますがそれについてはどう思いますか。
辻中氏)僕には割とフラットな特性に聴こえています。
―実際10Mは、辻中さんが言うようにすごい使いこまないとあれはやっぱり難しいのかなという。
辻中氏)10Mがきちんと鳴れば成功だっていうのもすごくわかるんですよ。なぜ10Mが指標とされるのかもよく分かりますし。10Mをきれいに鳴らすには低域までしっかり作り込んでいかないと鳴らないんですよね。
10Mで洋楽を聴いてもかっこいいじゃないですか。10Mがきちんと鳴らせるようになるとエンジニアとして一人前という話しもあるくらいです。
でも聴こえないところを作るというのがすごく難しくてストレスだったので、僕はやっぱり見えた方がいいです。
―そういう意味からするとC8-Referenceは使いやすいんじゃないかなという。
辻中氏)そうですね。ただ、リズムを録っていて時間がなくて音を整理しきれない時とかは、10Mがいいなと思うときもあります(笑)
―見えすぎて時間がかかっちゃうという意味ですか?
辻中氏)そうですね。皆さんのいいタイミングで録音を始めたいので、全体像に影響がないところの処理は後回しにしたりします。
C8-Referenceはよく聞こえるで、曖昧にしてごまかせない(笑)その代わりマイキングはものすごくやりやすくなって、以前よりセッティングを追い込めるようになりました。
特に低域が入って来ている入って来ていないというのを感覚に頼らず、聴覚に頼れるようになりました。
ベテランエンジニアさんはメーターを確認したり、全体像の中で、これぐらい出ていればOKだろうみたいな感覚で作業されていたと思うんですけど、正直なところ、同じ領域で仕事をするには僕はまだまだ経験が足りません。
VUメーターで低域を感じろというのも、今ならなんとなくわかるんですけど、今はいいスピーカーがあるので、僕はそれを使います。
―そういう意味では現場で使えて楽ですね。
辻中氏)そうですね。
―忠実性というものに評価はあるんですか?
辻中氏)原音に忠実というのは難しい表現ですね。録音しているものに対して再生するという事に関してはとても優れているスピーカーだと思うので、ブースで立てたマイクが今どんな状況なのかが聴いてわかるので、スムーズに仕事を進めることができています。
―モニターするとき、出す音は結構大きな音ですか?
辻中氏)現場に合わせて変えています。大きすぎる音だと判断がつかないことがあるので、個人的にはあまり出さない方が好きなんですけど。
ドラムとか生音が大きい楽器を録っている時は、モニター音量が生音より著しく小さいとブースから帰ってきたミュージシャンのテンションを下げてしまったり、テイクの判断に迷いが出てきてしまうと思うので、そういう日はしっかり音量を出すようにしています。
あとはディレクションする人の好みですね。大きい音が好きな人の現場は大きい音でやりますし、小さい音が好きな人の現場は小さいし。
―それはC8で音量差はクリアできるというか、幅は持たせられる?
辻中氏)幅は十分ありますし、ボリューム絞ってもあまり印象が変わらないので、その辺はすごく助かっています。
―DSP搭載のReferenceシリーズと前回のアナログアンプ。その辺はDSP積む積まないの意識の差はありますか?
辻中氏)(リアパネルのEQなど)僕は使ってないので、コメントできません(笑)。
特にDSP入っているというのに関して意識が向くことは無いです。
―KS-Digitalをに限らず、モニタースピーカーに対してここはクリアしてほしいというのはありますか?
辻中氏)いい音で録音できた時に、いい音で鳴るスピーカーであってほしいですね。
間違えたときにダメな音がするスピーカーとダメな音がしないスピーカーがあると思うんですけど、それは好みによって使い分ければいいかなと思います。
いい音で録音しているのにいい音しないスピーカーだと、何を頑張ればいいのかわからないので、そうあってほしいですね。うまくいっているときにいい音してほしいです。
―自宅でも使用されますか?
辻中氏)自宅で使ってます。和室で仕事しているので、フローリングほど響かず多少の吸音材の使用で、割と音量も出せています。
―他に特徴といえば。
辻中氏)見た目が素敵だと思います。あと持ち運んでいるのでコンパクトなのがすごく好きです。
他社で同じようなサウンドのスピーカーを使うとなると、かなり大きいモデルを買わないといけないので。
腰にくるんですよ(笑)重くて重くて。C8-Referenceは軽くはないですが、持ち運ぶのに現実的な大きさと重さなので、それもすごく助かっています。付属のスタンドもいいですね。
どこに持って行ってもそんなに印象は変わらないのはこのスタンドのおかげだと思います。
前のC8-Coax使っているときは、インシュレーターが悩みだったんです。インシュレーター変えるとすごい音が変わっちゃうので。最初に使い始めたものから変えられなくなってしまっていました。
―前のものは軽いですよね。今のと比べると
辻中氏)軽いですね。置くスタジオによってずいぶん出音が変わっていました。C8-Referenceはどこに持って行っても、同じイメージで鳴るので、スピーカーを持ち運ぶ僕にとってはとってもいいですね。
―それもすごく好評です。改善された点かと。
辻中氏)特に置き方で低域の音の出方が変わることが多いので、そこが変わらず持ち運べるっていうのはとっても嬉しいですね。
結構前のモデル使っていて、悪い所だなと思ったところが、C8-Referenceになってかなり改善したので、すごいなと思っています。
前のC8-Coaxではエンジニア席とディレクター席で音の印象が違ったんですよ。そこのギャップあるなと思いながら使ってたんですけど、C8-Referenceはあまり変わらないですね。
―なるほど。
辻中氏)これ、不思議です。どこへ持っていてもあまり音の変わらないスピーカーですごいなと思っています。さすがにスタジオと自宅では鳴ってる感じは違いますよ。でも大きなイメージとしては一緒で、行ったり来たりしても迷うことが少なくなりました。
―なるほどですね。非常に具体的で参考になる貴重なご意見を頂きありがとうございました。
第2回目は
レコーディングエンジニア 高須寛光(タカスヒロミツ)氏 VICTOR STUDIO所属
https://victorstudio.jp/hd/takasu/
そのほか週ごとで多彩なキャスト(プロミュージシャン、マスタリングエンジニアなど)でレビューをご紹介させていただきます。乞うご期待下さい。
<プロフィール>
辻中聡佑(ツジナカ ソウスケ)
1985年生まれ
長野県安雲野市出身
東放学園音響技術専門学校を卒業後、
2007年 MITスタジオにてキャリアをスタートする。
アイドル・アニメ・ゲーム作品を中心に数々なジャンルの音楽を手掛ける。2014年よりチーフエンジニアを務め2017年よりフリーランスとして活躍中 。